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僕は別に子どもが苦手なわけじゃない。こんな仕事だ、ホロウでの救助対象に子どもがいることだってままあるし、街中で迷子を見かければにこやかに接して近くの治安官まで届けてあげることだってある。誰がどう見たって優しいお兄さんを演じられているってわけ。
でも、だ。
これを読んでる君が社会に出て働いているかどうかはわからないけれど、もしも突然中途採用でやってきた人物を上司が連れてきて『この子は今日から君の同僚だ。さあ、しっかり指導してやってくれ』と言われたのが明らかに小学生ないし中学生くらいの子だったらどうする?「何考えてるんです?」って、上司に直談判しに行くんじゃない? そして君は上司にこう言われるわけ。
『大丈夫、確かな能力はある。ただ、少しばかり幼いところがあるだけだ』
「──エーテリアスをぶっとばすだけの力があるとはいえ、それとこれとは別なんだよなぁ」
僕のぼやきは先を歩く彼女には届いちゃいない。目的の共生ホロウへ辿り着き僕がエーテル指数の測定や配布されたキャロットと実際の地形の変化や異常がないか確認をしている最中、小さな青鬼ちゃんは物珍しそうにあたりをキョロキョロと見回しては建物から身を乗り出して遠くを眺めたりしている。
彼女がどういった生活をしてきたかはわからない。人間やシリオンでもなく、鬼族となればさすがにわからないことの方が多いのだ。僕たち一般人からすれば。歯に衣着せずに言ってしまえば、僕たち人間と少し前まで殺し合い をしていた相手だ。わかるわけもない。……もちろん、彼女がその戦いの渦中にいたとは、思っていないけれど。
「さ、ここはもうそろそろ終わるからホロウを出るよ」
計測器を片付けて荷物をまとめる。ふいにエーテリアスの気配を感じて弓を構えたが、それと同じくして青鬼ちゃんが武器片手にエーテリアスへと突っ込んでいった。僕が矢を放った方が明らかに早いのだけれども、彼女はやっと自分の出番が来たとでも言うように嬉しそうな顔をしていたものだから、僕は片付けの方に集中することにした。
「──ぜんぶたおしたよ~!」
とびきり明るい声が聞こえる。ホロウに似つかわしくない声色。僕は少しだけ眉を潜めた。
「はあ、これはこれは頼りになる子だこと」
「蒼角、頼りになる!?」
「うん、とってもね」
僕の皮肉なんて一ミリも伝わりはしない。言葉通りに受け取って彼女はくるりとその場で回って小躍りした。見るからに子どもだ。愛らしい子ども。僕は肩を落とした。ていよくお守り役にさせられたもんだ。上層部も何を考えているんだろうか、六課にこんな子を。
「それでそれで、このあとは街に行くんだよね?」
「まあ、そうだね。なんか副課長に任されちゃったし」
「蒼角、街のことまだ全然わからないの! たーくさん食べ物があるとこってのは知ってるよ!」
「食べ物も確かにたくさんあるけどさぁ。……いや、もしかしてほんとに食べ物しか見えてないわけ?」
「ほらほら早く早く! ゴハンが蒼角たちをきっと待ってるよ!」
「別に待ってないってば」
僕の否定など耳に届きやしない。小さな鬼の子はいつ間にやら僕の懐へと入ってきて手を引くと、仕事中よりもそれはそれは真剣な表情で走り始めた。
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