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「はいよ、白鉢ピーマン肉盛りラーメン2つ!」
「わあ~っ! すごいハルマサ! このラーメン、きらきらしてるよ! ラーメンってこれのことだったんだぁ、今までお店の前は通ったことがあったんだけど、字が読めなくってわかんなかった!」
「そっかそっか、ほらとりあえず食べてみなよ」
ここはルミナスクエアにあるラーメン屋『滝湯谷・錦鯉』──聞くところによると六分街にある方が本店であるらしく人によってはそちらの方が美味しいと聞くが、ルミナスクエアの方がH.A.N.D.からは近い為、悠真は蒼角をルミナ店へと連れてきたのだった。
蒼角はどれを選べばいいのかわからず、決まるのを待っていれば「全部ください!」と言いかねないと思い悠真は自分が頼むものと同じものを頼んだのだった。
「いっただっきまーす! ふぅ、ふぅ、ずるるるる……んっ、はふ、おいし! おいしーよハルマサ! あむあむ……」
「ゆっくり食べなよ、ラーメンは逃げないんだからさぁ」
「あ、そっか!」
蒼角はそう言ったものの、なかなか手を止めずにはいられない。初めて食べたラーメンがこんなにも美味しいものだとは想像もつかなかったようだ。
「もぐもぐ……ごくんっ。ぷはぁ! 蒼角、これに似てるのおうちで食べたことあるかも!」
「月城さんが作ってくれたラーメンってこと?」
「ナギねえがなんて言ってたか忘れちゃったけど、これよりちょっと太い麺が入ってて、でもこれよりもーっとお野菜入ってた!」
「なんだろうね、野菜煮込みうどんとか?」
「うどん~……かなぁ? そう言ってたかも! うどんもとっても美味しかったよ! でもこんなに美味しいものがあるなんて、どうしてナギねえは教えてくれなかったんだろう」
そう話し終えると蒼角はまたラーメンをずるずると啜る。悠真も同様にラーメンを啜った。二人の会話は食べ終わるまで一時的に途切れた。店主のチョップ.Jrがまじまじと二人の様子を見ている。そして食べ終えた蒼角が「ごちそうさま!」とどんぶりを掲げると「おう」と嬉しそうにそれを受け取った。
「はぁーすっごく美味しかった! もうひとつ食べてみたいけど……うーん、今日はこれだけで我慢しなきゃかなぁ」
「ん?」
食べ終えた蒼角がポケットから取り出した小さながま口財布の中身を確認している。食べる前にも見ていたことに悠真は気づいていた。
「蒼角ね、いっぱい食べ過ぎちゃうからひとりの時はお小遣いはいつもちょっとしか持たせてもらえないんだぁ」
「あーそういうこと。いいよいいよ、僕が連れ出したんだから奢ってあげるって」
「ほんと!? ……あ、でもナギねえに誰かに奢ってもらったりしちゃいけませんって言われてて……」
「なんで?」
「そのひとがハサンするかもしれないから、って」
「うん……さすがに僕も破産するほどは奢ってあげられないなぁ」
悠真の笑顔が引きつる。それからメニュー表を指差した。
「もう一杯だけだよ、どれ食べたいの?」
「えっとね、うーんと……あ、これ! エビがのってるよ!」
蒼角が指さしたのは『白鉢海鮮ラーメン』だ。海老が殻付きのまま2尾のっていて、牡蠣ものっているという実に豪華なラーメンだ。
「これね、白鉢海鮮ラーメンひとつ!」
悠真が店主に向かって言うと、店主はうんうんとやはり嬉しそうに頷いて「あいよ!」と返事した。蒼角はまたラーメンが食べられることに喜び足をゆらゆらとさせている。その横で悠真も自分のラーメンをようやく食べ終えた。
「はー、美味しかった。でもさすがに僕は二杯目は無理だな」
「ハルマサおなかいっぱい?」
「そ、おなかいっぱい~」
「あれれスープ残ってるよ!?」
「うっ、これでも結構飲んだつもりなんだけどな……」
「蒼角飲んであげよっか!?」
思いもよらない提案に、悠真は言葉に詰まる。だが蒼角があまりにも曇りのない瞳でこちらを見るので悠真は苦笑いで丼ぶりを渡した。
「あのねぇ……他人の食べ残しは気にしなくていいんだからね、普通は」
「普通は??」
「あんまり蒼角ちゃんが飲みたそうにしてるからあげるけどさ……」
「えへへー、飲みたい! ありがとハルマサ!」
蒼角は丼ぶりを受け取ると、それを両手で持ち上げてごくごくと喉を鳴らしながらスープを飲み干した。
「っぷはー! すーっごくおいしかったよおじちゃん!」
蒼角はそう言って丼ぶりをカウンターへと置き、満面の笑みを店主に向ける。
「そう言ってくれると嬉しいねぇ~。作った甲斐があるってもんよ! 次のももうすぐできるからな、嬢ちゃん」
「わーい!」
そんなやりとりをしている二人を見ながら、悠真はポケットからハンカチを取り出した。おもむろにそれを蒼角の口元へと近づける。
「んむっ? むぐぐっ、は、ハルマサなに~??」
「口についてんの」
「んん~?」
蒼角の口元の汚れを拭き取ると、悠真は満足気にハンカチを畳み直した。蒼角は首を傾げながら口元をぺろりと舐める。
「あ、スープの味する! スープついてたの!?」
「そーついてたの。焦って食べるからじゃない~?」
「そっかぁ!」
「──白鉢海鮮ラーメンおまち!」
どん、と置かれたラーメン丼ぶりを見て蒼角はまた目を輝かせた。
「わーい! いっただっきまーす!!」
興奮したようにさっそく海老を持ち上げ、頭からかぶりついた。ばりばりと音を立てて食べる様は見た目にそぐわず豪快だ。悠真は気にしていなかったが、店主は少し驚いたように目を見開いた。
「こりゃ驚いたな、海老の殻はよく噛まねぇと喉に刺さるから気を付けろよ?」
「だいじょーぶ、蒼角の方が強いから!」
「??」
首を傾げる店主に、悠真は思わず笑ってしまう。
「大丈夫ですよ、鬼族は結構頑丈なんですって」
「はぁー、そういうもんか」
「まあ僕も詳しくは知らないんですけどねぇ……」
「? お客さんたち、随分仲良さげだから義理の兄妹か何かかと思ったんだが……どういうご関係なんだい?」
「あー僕たちは……」
「おともだちだよ!」
蒼角の声が一際大きく響く。
悠真は面食らったようにテーブルについていた肘がずり落ちた。
「あ、まちがった! えーっとえーっと、どーりょー……? だったっけ」
「はは、そうそう。同僚。僕らこれでも同じ課で働く仕事仲間なんですよ~」
「へぇー、こりゃたまげたな。まだ幼そうに見えるってのに……ああいや、ここじゃ年齢は関係ないか」
店主は苦笑いをして腕を組み直した。
彼の言う「ここ」とはホロウと隣り合わせで暮らすこの“新”エリー都という意味だろう。それをわかってか悠真は笑みを浮かべつつも眉を下げた。
「えへへ、このラーメンもすっごく美味しい! おじちゃんおいしーの作る天才だね!」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ! そうさ、今に俺の時代が来るってぇもんよ! 親父のとこよりも売上を伸ばしてそんで2号店、3号店……」
「おじちゃんのおとーさんもラーメン作ってるの?」
「ん? ああそうだ。六分街にあるラーメン屋でなぁ」
「ろくぶんがい?」
蒼角は首を傾げる。知らない地名だったのだろう。
「六分街はここより地下鉄でもうちょっと行かないとなんだ」
隣で悠真が教えてやると、蒼角は麺を啜りながら「ほへぇー」と返事をした。
「ん、もうこんな時間か。そろそろおうちに帰った方がいいよね、月城さんより遅く帰ると心配されちゃうんじゃない?」
ほら、と悠真は自分のスマホの画面を蒼角に見せる。画面に映し出された時間に、蒼角はぱちぱちと瞬きをした。
「うん、そうだね。蒼角がおうちで待っててナギねえに『おかえり!』って言ったらナギねえ嬉しそうな顔するんだ!」
「へぇ~ほんとにママって感じじゃん」
「ナギねえはママじゃないよ?」
「はいはいわかってるって」
蒼角はずるずると麺を啜り終えると、スープだけになった器を見つめた。
「でもねぇー、おうちでひとりはね、ちょっとさみしーんだ」
「……そーだよね」
「だから今日はごはんも食べれて、ハルマサといっしょに遊べて、うれしい!」
「ええ? 別にラーメン食べに来たってだけで遊んでるわけじゃ……」
「また蒼角が知らないおいしいもの教えてくれる!?」
少し身を乗り出すように蒼角の嬉しそうな表情が迫ってきて、悠真はその圧に苦笑いした。
「はは、いーよ。僕が知ってるものなんて高が知れてるけど」
「たか?が? って何? おいしいの?」
「いやいや違う違う」
──その日は蒼角にとって『初めてラーメンに出会った』忘れられない日となった。そしてそのことを興奮気味に目を輝かせて語り、
「だからハルマサはとっても優しくてね! えーっと、お休みいっぱい取れるようにしてあげて! ナギねえ!」
そう言う蒼角に、
帰宅した月城柳は複雑そうな表情を浮かべるしかなかった。
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